リスくん観察日記

2012年7月生まれの通称リスくんを観察する日記

新居の事件簿③ 発泡スチロールカーニバル

私は(あなたと同じで)自分のことを常識的な人間だと思っている。それなのになぜか、家族から「常識がないね」とよく言われる。

そんな私でも、口をあんぐり開け、アゴがはずれかけるほど、非常識だと呆れてしまった事件があった。

 

息子リスくんとの新居は、設備が古い。築浅な物件にすむことが多かった私は、今の住まいにみすぼらしい気分になることがあった。だから、気持ちをアゲようと、インテリアや家具は厳選して、お気に入りの空間づくりに燃えていた。

そんななか最も難航したのがキッチン棚だ。キッチンが狭いので食器や電子レンジ、キッチン雑貨をおく場所がない。わけあって料理熱が沸騰寸前になっているココロに、冷や水をかけてくるのが、モノで溢れかえった台所だった。これは早急に手をうちたいと、格安と思われるニトリやIKEAのキッチン棚を見て回った。いいなとおもっても、割高な気がしてお気に入りがなかなか見つからない。

「私が気に入るキッチン棚はこの世に存在しないのかもしれない」途方にくれかけたとき、amazonでみかけたキッチン棚が見た目も価格も素敵だった。たまたま通りかかった家具屋に同じ棚があり、現物を目にして気に入ったが、品切れになっていて入荷は随分先であった。入手しにくさがますます気に入り、amazonで購入することにした。

 

ここで大問題なのが、この棚の組立だ。安いだけあって、組立は購入者がなんとかしないといけない。

高校時代、バンドのドラムと水泳部を掛け持ちしていた私は、午前中に地区の水泳大会、午後に文化祭でのバンド発表と無謀な日程をこなした結果、翌日腰が痛くて動けなくなった。軽度の椎間板ヘルニアだった。以来10年間ほど、背筋(はいきん)を使うような重い物をもったりするのは一切やめてきたが、リスくんを持ち上げるのはさすがに避けてとおれなく、腰痛が再発した。毎朝腰をもみながら起きあがる日々を送っている。

そのため、リスくんの体重の数倍ありそうなこの棚を自ら組み立てするという選択は、自滅行為に等しい。

 

誰かに組み立てをお願いするしかないのだが、一番頼みやすい父は、部品の多さと老眼では読めない小さい文字の説明書に、段ボールを開けた途端にギブアップした。いろいろなあても、多忙な人ばかりで日程が随分さきになりそうだった。

棚購入から1ヶ月半経ち、私の貴重な料理熱が冷めないうちに、お金の力で解決するしかないな~と腹をきめたのである。

 

そもそも安くすませたいがためにネットで購入したので、組立にお金をかけたくない。

代行で組立をしてくれる業者があることをしり、ネットで5社ほど見積もりをだした。

家具の買い出しや組立を専門にしている業者もあれば、草むしりから墓掃除まで何でもする便利屋さんが、業務の1つとして家具の組み立てを取り扱っているところもある。

だいたいの会社が、組立代+出張費+(駐車場代)で値段が構成されていた。

組立代はだいたいどこも変わらないので、実質「出張費≒自宅からお店の距離」で決まるといってよさそうだ。

できれば組立を専門にしているところがいいな~と思っていたが、どこも自宅から遠い場所だった。

最安値で見積もりの報告があり、自宅に一番近い便利屋さんに仕方なく依頼することにした。

 

次に解決すべき問題は、組立中に誰が立ちあうかだ。我が家は狭いので、家具の組み立てスペースを確保したら、リスくんの遊ぶスペースがない。組立中リスくんを連れて外出する必要があるので、私の代わりに立ち会ってくれる人が必要だ。また、女所帯なので万が一変な会社で何かあったらという不安もあった。だから、長年自営業で部下を厳しくチェックし続け、しまいには誰もついてこなかった?感のある父に白刃の矢をたて立会いをお願いした。

 

そして、組立当日。

アルファー波がでていそうなバリトンの声の持ち主で誠実そうな男性(以下バリトンさん)が現れ、組立に着手した。もくもくと組み立てる彼に対して、話し好きの父が盛んに話しかけて組立の邪魔をしているのが気になったが、リスくんを連れて児童館に遊びに行った。

所要見積もり時間は1時間となっていた(見積もりに出した会社はどこもそれくらいだった)が、2時間半ほど経ち、「そろそろできあがりそう」という連絡をうけた。

これは想定内だった。なぜなら、この棚の口コミに、「棚自体は満足だが、組立には骨がおれた。難しかった。半日かかった。」などの記述を目にしていたからだ。

まぁ、父の相手をしていてますます時間がかかっているのかもしれないし、申し訳ないなと思いながら、家に戻った。

 

 

家に帰ると、ほとんど棚は出来上がっていた。最初は父の話にきちんと応対していたバリトンさんだったが、なんでも「そうですね~」との相づちで済ませながら、完成を目指していた。そして完成。後ろの時間が迫っていたのだろう、棚を配置してほしいと言っていた場所にすぐに置いた。が、配置して欲しいと言っていた場所の下には、棚の作成時に出た発泡スチロールやテープ、段ボールの切れ端など、リスくんが喜んで口に入れそうな「ごみくず」がたくさん散乱していた。「棚の下のごみくずを掃除させてください」と言い、棚をもう一度持ち上げてもらい、それらのごみくずを片付けた。そして、帰り支度をしながら、焦りがみえるバリトンさんに、仕事を引退し毎日がサンデーな父親が、少しでも仕事をしてもらおうとプレッシャーをかける。「組立の際の出たごみは持ち帰ってもらえるの?」

バリトンさんは困り顔を必死に作り笑いにかえ、「ごみの廃棄は別途お金が必要になりますが、ごみを捨てやすいように紐やゴミ袋に取りまとめまでは無償でしておきますね」と答えた。

 

また、そのごみが厄介だった。材料である木材一枚一枚の間に発泡スチロールをはさんで梱包されており、大きなゴミ袋でも分解しないと入らない。バリトンさんは、発泡スチロールを材料が梱包されていた段ボールの中でバキバキと手で折っていく。まるでストレス発散のためにモノを壊すことを快感に感じている人のように。

発泡スチロールを折ったことがある人ならご存知かもしれないが、折った際に細かい破片がでる。たちまち、段ボールの中は大粒の雪のような発泡スチロールの破片で埋め尽くされた。この破片の処理をするために、私は掃除機を持ち出したが、バリトンさんが「静電気でくっついていて吸い取れないはずです。私に任せてください。」と自信満々になぜか外を眺めた。バリトンさん、さすが便利屋さん解決能力がある、と感心しながら見守った。すぐさま「布団がほしてあるけど大丈夫かな」とひとりごちながら、バリトンさんは発泡スチロールいりの段ボールをもって、ベランダにでていってしまった。

 

その後の光景に私と父はあっけにとられた。バリトンさんが段ボールを逆さまにし、雲一つない快晴の青空に向かって発泡スチロールの破片を手ですくい出している。小さな沈没船に浸水した水を懸命にすくいだしているかのように。演歌歌手が歌うときに背景に使用される紙吹雪のように舞い落ちる発泡スチロールの破片。

私と父は顔を見合わせた。「。。。」

 

父は窓にとびついて開け、「後はこちらでやりますので、大丈夫ですよ」とバリトンさんに声をかける。

やっと解放されるとホッとした表情のバリトンさん。代金をうけとり、そそくさと帰っていった。

 

ベランダには無数の発泡スチロールがコロコロ転がっている。下をのぞくと、庭には発泡スチロールがぱらぱらと点在していた。

「彼のような人が海にごみを捨てるのかな。非常識だよね。」

環境問題を憂うように私がいうと、父は無言で私の手からほうきとちりとりを奪い丹念に発泡スチロールのごみを掃き取った。