リスくん観察日記

2012年7月生まれの通称リスくんを観察する日記

ファーストシューズ〜偉大なる一歩〜

赤ちゃんには思い入れのある「初めて」がつきものだが、ファーストシューズはその上位にしめる代物(シロモノ)ではなかろうか。歩けるようになるまで育てられた喜びとともに、今後も人生という道をしっかり歩いてほしいという願いを込めながら用意する、そんな象徴的な物、それがファーストシューズだ。

 

「ファーストシューズは靴屋の専門家に選んでもらうとよい」児童館で開催されたセミナーで、靴の専門家からそう習った。そのため、大金をにぎりしめ靴の専門店の扉をあけ「我が息子リスくんよ、地面での最初の一歩はプロが選んだ快適な靴をまとうがいい」と靴を用意する心構えをしていた。そして「この一歩は、一人の人間にとっては小さな一歩ですが、人類にとっては大きな一歩です。」とアームストロングさんの言葉を借りてお祝いする、そんな風景を予定していた。

 

ファーストシューズ購入のタイミングは、ふいに訪れた。義母※の家に滞在中に「リスくんは、こんなに歩いているのだから、早く外で歩いたらいいわ。私が靴を買ってあげる」との彼女の発言とともに。自然豊かな田舎にそだった義母は、いつも折に触れては「子どもは自然が好き。なるべく外に出しなさい」と私にささやいてきた。「自律神経をやしなうために冬でも裸で日光浴をさせるといいわ」と。だから、外にでる機会を逃してはならないと義母が靴を用意したくなるのは当然のことだった。

100g100円以下の肉を買うことをモットーとするような裕福ではない身としては、「くるモノ拒まず、さるモノは売る」精神だ。「タダほどうれしいモノはない」そんな気持ちで、当初の母としてのファーストシューズへの思い入れはどこへやら、義母の提案を快諾した。

 

※義母とは離婚後もいつまで親子(おやこ)でいましょうという契りを結んでいる。

 

義母の家の近くには、お店は駅ビルぐらいしかない。昔は栄えていたのだが、住民の高齢化とともにお店の販売内容も高齢化している。街に一軒しかない靴屋に行ったが、案の定、赤ちゃん向けの靴は売っていなかった。スーパーを歩いていたところ、ほんの気持ち程度に備えている赤ちゃん用品売り場があった。夏物のセールをやっており、昭和のアイドルがきてそうな蛍光色のカラフルなタンクトップやTシャツが100円で売っていた。こちらに目を奪われ、何着か購入した。少し厚手のTシャツを着ていたリスくんは、「子どもは、冬でも薄着」教の義母にタンクトップに着替えさせられすぐさま昭和のアイドル(風)になった。

 

猫の額ほどの赤ちゃん用品売り場だったので、赤ちゃん用の靴は売っていないように思えた。しかし、くまなくあたりを見渡すと、サイズが12cmの白い靴が一種類あった。「あった、ありましたよ!お母さん(←照れがありよべない)」とよんだ。すぐに、右足の靴の中に入っている詰め物(緩衝剤)をとりだし、リスくんに履かせてみた。足裏をあわせてみると、ちょっと大きいくらいだったが、履かせてみるとぴったりだった。靴を買うだけのために出かけてきた私たちは、街唯一の靴屋に目的の品がなかった敗北を経て、目的を「リスくんにあう靴選び」から「リスくんの足がはいる靴えらび」にレベルをおとしていた。とにかく、履けた。もうこれでよいのではないか。私たちは言葉をかわさなかったが無言の意思疎通をして、レジに靴を持って行った。800円なり。

 

値札をとってもらい、ベビーカーにふてぶてしく寝そべっている王子様、リスくんに靴を履かせようとした。右側は義母、左側は私の担当だ。義母はすんなり履かせることができたが、私は足を靴先までうまくいれることができない。優等生根性が消えない私は、義母から手際がわるいと思われやしないかあせり、さらに力をこめる。さながらシンデレラ候補と名乗り出て靴が入らない娘の気分だ。それに比例するようにリスくんは不機嫌にぐずりはじめる。靴の形が違うのでは、と靴に責任を押し付けようとしたそのとき、義母が私の手から靴をうばい、靴の中をのぞいた。「まりさん、詰め物がはいったままよ」と丸められた紙を取り出す。「あっ」そういえば試し履きするときに右側は緩衝剤を取り出して、どうせ買うのだからとそれをポッケにいれたのだった。恥ずかしさで頭が真っ白になり「ごめんなさい」と義母に頭をさげた。謝る先はリスくんではという突っ込みをこころの中でしながら。

 

無事?ファーストシューズを履かせることができた義母と私は意気揚々とリスくんをスーパーに解き放つ。さぁ歩くのよ、リスくん。

リスくんは、おお股だけど、内股になりながら、よたよたと歩きはじめた。その姿は「その者、昭和アイドル風の衣をまといて、ひなびたスーパーに降り立つべし」(by ナウシカ大バーバ)。さてさて、リスくんは「失われし大地との絆を結び、ついに人々を青き清浄の地へ導」いてくれるのかな。奇声を発しながら、壊れた「からくり人形」のように拍手して、楽しそうに歩く息子をみて、世界は救うなんて大それたことはいいから、ただただ幸せな人生を歩んでくれたらなぁと願わずにはいられなかった。